【ビアパブ向け】1秒2oz

1秒2oz。

これでピンときた方は流石。アメリカのBrewers Associationが発行するDraught Beer Quality Manualで推奨されているビールサーバーのセッティングでは、タップから注ぐビールの流量の目安が1秒2ozです。流量が多すぎる(=流速が早すぎる)とグラスにぶつかる勢いが強すぎて泡が立ってしまうのでダメ。流量が少なすぎる(=流速が遅すぎる)とライン長やかける圧力が合っていないので、これもダメ。ガスボリュームと温度、ビアラインの長さと抵抗などを合わせて「1秒2oz」が最適、とBAは言っているのです。

第六章の冒頭にこう書いてあります。

To achieve the consumer experience the brewer intended, beer must be served following specific conditions and techniques.
ブルワーが意図した体験を顧客にそのまま体感してもらうため、状態、技術に基づいてビールは提供されねばならない

正にその通りで、ブルワーが醸造所で最高だと判断したものをケグに詰めているのですから、まずはそれをそのままその通りに注ぐことが重要だと思います。

まぁ、こまけぇことはいいんだよ、とりあえず注げれば

と考えてはいけないのです。早すぎると泡が立ってしまいますから、結局泡を捨てて注ぎ直すのを繰り返すことになります。ビールを無駄に捨てていることになるので勿体無い。巡り巡って原価が上がってしまうのでよくありません。また、遅すぎると平衡圧が取れていない可能性があり、結果的にガス抜けがあったりもするでしょう。同時に、提供に時間もかかってしまうわけです。飲食店の忙しい時間はある程度決まっていてその時間内にどれだけ提供できるかで大きく売上が変わってしまいます。ゆっくり注いで泡のロスが無くても提供に余計な時間がかかっていては杯数が出せない。液体や時間のロスは極力減らし、良いものを良い状態で素早く出せるのが理想です。

ちょっと計算してみましょう。USパイント1杯は16ozなのでぴったりセッティングできていれば理想的には1杯8秒。1時間に450杯。実際はグラスを取ったり、伝票見たりする時間もあるので10秒以上はかかると思います。1杯12秒かかったとしても1時間に300杯可能です。1杯30秒かかっていたら120杯しか提供出来ません。1時間で180杯の差。一日でこれだけ差が出るのですから、一週間、一ヶ月経てば恐ろしいほどの違いが生まれることでしょう。まぁ、これらの数字はあくまでも理論値でのお話で現実とはそぐわないかもしれませんが、オペレーションの最適化および最大提供数の向上という意味でかっちりセッティングしておくことは極めて重要です。

ここで公開することは出来ないのですが、以前東京・両国の麦酒倶楽部ポパイでサービング風景を撮影させて頂いたことがあります。最初の部分を若干捨ててからグラスをすっと入れて注いでいらっしゃいますが、かっちり合わせてあるのでタップハンドルを倒してから毎回1パイント9秒ほどで注ぎ切っています。ガスボリュームをしっかり合わせてあるので注いでいる間に無駄な泡が立ちません。素晴らしいの一言です。

先日閉店なさった神田の蔵くらさんもそうでした。ブラス製のアメリカンスタンダードフォーセットから常に一発で注ぎ切ることの凄さ。その為のセッティングに対する美意識。正に名人芸なのです。フローコントロール付きフォーセットはあくまでも最後の微調整であって、バックエンドにロジカル且つ精緻なセッティングがあってこそなのだとしみじみ思います。地味でなかなか評価されないことを毎度きっちりやるのは大変ですが、そこにプロのプロたる仕事があるのかもしれません。ブレを無くして毎回同じに注げる、つまり再現性の高い仕事を継続できることこそがプロとして素晴らしいと私は思うのです。

実際注ぎ方で確かに変化はあると私も思います。注ぎ方で味を変えるという考え方はきっとスタンダードなセッティングとその理論をマスターし、良いビールを良い状態のままグラスに移すことが出来てからやってもいいのではないかと思わなくもないのです。ケグからフォーセットまでのセッティングという見えない部分が味に大きく影響するし、そこに美学があると最近つとに思います。