ブリュードッグとアサヒビールの提携で考える「棚の数」のこと

先日クラフトビール業界にとってビッグニュースが舞い込んで来ました。スコットランドのクラフトビールメーカー、Brewdog(ブリュードッグ)がアサヒビールと日本で合弁会社を作ったと発表があったのです。アサヒビール側からは今日現在まだ無いようですが、ブリュードッグ側から本件に関するアナウンスはありました。

BREWDOG PARTNERS WITH ASAHI JAPAN TO CREATE JAPANESE JOINT VENTURE

とりあえず上記リンク先で内容は一度確認して頂きたいのですが、そこには無いけれども私どもが独自調査をして判明したことを申し上げると、ブリュードッグ・ホールディング・カンパニー・ジャパンという会社が設立され、ブリュードッグ・カンパニー・ジャパンという別会社がその下に置かれました。前者がブリュードッグとアサヒビール双方で輸入や知財・権利関係の業務に携わり、後者が実際の販売やマーケティング活動を担う形になると思われます。

本件について別の報道では”The Scottish group aims to boost sales in Japan sixfold in five years after agreeing the deal with Japan’s largest brewer.”(日本最大のビール会社との契約により、日本での売上を5年間で6倍にすることを目指しています)とあります。コロナ禍で外食産業でのビール消費が落ち込んでいる今、当然狙っているのは家庭用市場、すなわちスーパーマーケットやコンビニでの販売です。

提携の内容を詳しく見てみると、ポイントは2点あると思われます。まず第一に新たに設立された合弁会社では人気の売れ線商品だけ扱うことです。既存の輸入元からフラッグシップの3種だけが新規合弁会社に移行します。世界的に人気のホップを効かせた香り、苦味のしっかりしたPunk IPA(パンクIPA)、クラフトビールファンに近年大人気のホップの香りを強調して苦味をやや抑えた濁った色味が特徴のHazy Jane(ヘイジージェーン)、グレープフルーツを使ったキャッチーな味わいのElvis Juice(エルビスジュース)です。限定品を含め他のものは移行せず、既存の輸入元のままで棲み分けをしているようです。トレンドを意識しつつ、人気の3点を集中的にプロモーション、販売していくことでボリュームを出していこうという意図が伺えます。

第二にスーパーマーケットにフォーカスした家庭用の瓶、缶への販売強化です。これはアサヒビールの持つ強い既存の販売網が有効に機能すると思われます。全国津々浦々のスーパーマーケットにブリュードッグのビールが並ぶ日がすぐにやってくることでしょう。これは画期的なことです。そもそもビールというものは飲みたいと思った時にすぐに飲める方が良いと考える人が多く、今飲みたいのに数日後に届く通販では意味がない。今すぐ満たしたい欲求なのですから思いついた時に買える、いつもあのお店の棚にあるということは非常に利便性が高く、コロナ禍で家飲みが増えている今最適な施策です。

クラフトビールを含んだ、大きな意味でのビール産業においてAffordability(手が出せる価格であること)とAvailability(手に取れる場所にあること)は極めて重要で、今回の提携は後者を推進するものだと考えて良いでしょう。ブリュードッグは大きな製造規模を誇り、そう簡単には欠品しない体制が出来上がっています。定番品ポートフォリオも盤石の体制で、それらをお手頃価格で作ってきました。すでにAffordabilityは達成されていたわけで、あとは実際に買える場所を増やすだけという段階にあったと言えるのです。

これはビール産業におけるセオリーだと思われますが、生産規模の小さい頃はケグで外食産業を中心に展開し、拡大するにつれて徐々に家庭用の瓶、缶にシフトしていきます。大きくなればなるほど瓶、缶の比率が上がるのが一般的です。そして、ある程度の規模以上になればブランド認知の高さを前提に定番品の瓶、缶を家庭用市場で広く販売していくことで売上が上がっていく構造になっています。提携せずに自前でやって欲しかったと思わなくもないけれど、スピード感と規模感を双方求めるのならば提携するのも合理的な判断なのかもしれないですね。

結局、ビールで商売するなら、いや、正確に言うならば、ビールで大きく儲かるようにやるなら最後は小売店舗の棚に瓶、缶が入るかどうか、そしてその棚の数の多さってことなのです。とにもかくにも売り場の数が物を言う。棚の数こそが成長の証だ・・・と改めて思うに至ります。感情的に納得するかしないかは別として。