CRAFT DRINKS的Beer Of The Year 2020
結論から言うと、無い。
無いということにする、というのが正しい表現になるだろうか。身も蓋もない話になってしまうのですが、あれこれ考えた上でこうするのが妥当なのだろうという結論になりました。
美味しいビールはたくさん飲んだし、激レアなものを幾つも試す機会はありました。しかし、「これ旨いんだよ、みんなで飲もう」と無邪気に言えなかった2020年は該当なしとするのが適切ではないだろうかと思うのです。独りで飲んでも旨いけれど、シェアするから良いのだ。それを酌み交わす仲間となかなか会えないとなればその液体はただの麦芽発酵飲料なのであって、クラフトビールではないのではないかとも思ってしまう。
しかし、敢えて一つだけ未来に対して希望の持てるビールのことを綴っていこうと思います。RydeenのExperimental White Koji Craftです。
「八海山」で有名な日本酒蔵の八海醸造はブルワリーも所有しています。昔八海山ビールと言っていましたが、数年前にリブランドして現在はRydeen(ライディーン)と言います。
さて、私がその存在を知ったのは新潟県南魚沼の焼鳥ひじりさんの投稿でした。ご主人の諸橋さんと知り合ったのは修行先である東京・新橋のHop Duvelさんに在籍していた頃からなのでもう10年くらい前からでしょうか。地元にお戻りになり焼鳥ひじりを開業なさいましたが、今年ミシュランガイドのビブグルマンに選出されています。ひじりさんのSNSで試験醸造したこの麹を使ったビールを提供していると拝見し、非常に気になっていたのを強く憶えています。
私がたまたま仕事の関係で新潟に行った際、閉店まであと30分というタイミングで猿倉山のブルーパブに滑り込み、スタンダードを一通り飲んだ後最後にこのExperimental White Koji Craftを試しました。
サワーエールと言えるかどうかは悩みますが、確かにほんのりときれいな酸味があります。ケトルサワーとはまた違った酸の組成だと思われます。また、麹の風味がしっかり出ていてこれほどしっかりと麹を感じるビールは飲んだことがありません。非常に個性的ながらビールとしてまとまっていて私はとても良いと思いました。
2019年の夏に日本の麹がビールを変えるかと題して、サワーエールの速醸技術の一環で麹を使用する方法をご紹介しました。そこで私はこう書きました。
日本の麹が注目されていることは非常に嬉しく思います。しかし、海外からの逆輸入テクニックではなく、日本の麹なのですから是非日本でビールに応用するメソッドを確立して世界に発信して欲しいと強く願います。日本の風土による必然、歴史的必然というものがあるはずで、そこから学び考え抜いたものこそが日本が世界に打って出るための最終兵器になるのだと思います。その時、麹はきっと主役になることでしょう。日本の麹がビールを変える、かもしれない。
日本酒蔵である八海山が自前で作る麹を合わせ、自社で醸造したビールは一社完結のハイブリッドカルチャービールです。蔵元だからこそ出来たものであり、正に日本から世界に向けて発信すべきものではないでしょうか。ホップでもモルトでもなく、麹という切り口で世界のクラフトビールシーンに対してもっとアピールして頂きたいと強く思います。高いポテンシャルが間違いなくあります。
今のままでも美味しいと私は考えますが、それは麹をすでに知っているお酒好きの日本人だからであって、世界に打って出るなら麹に対する前提知識のない海外の方々に理解してもらえる形にもう少し手直しをする必要があるかもしれません。もっと酸味を立てたり、トップのアロマに麹の香味がより強く出た方が伝わるかもしれない。今後どのような改良がなされ、麹のビールが”Koji beer”として、いや”Japanese-style Hybrid Koji beer”として広まっていくかを楽しみです。
新型コロナウイルスのせいで随分と暗い一年だったような気がしますが、日本固有のフレーバーが日本固有の清酒蔵からクラフトビールとして世界に羽ばたく可能性が垣間見られたことで私ももうちょっとこの業界で頑張れそうな気がします。2021年は良い年にしたいものです。