私が躊躇せずにケースで大人買いするビールの話

久しぶりにビールを大人買いしました。今日はそのことを綴っておこうかと思います。

個人用にグラゼントーレンのビールを大瓶で2ケース買ったのです。2本じゃなくて、2ケース。旨いし、持つし、大好きだから24本一度に買っても全く問題ありません。気に入らなくて持て余すなんてことは絶対無いと確信しているので迷わずポチッとしたわけです。

師匠の教えの一つに「飲めるうちに飲む。買えるうちに買う。イケると踏んだら倍プッシュ」というものがありまして。これは真実だろうと思うのです。とはいえ、そのお店には悪いことをしたかもしれない。他の人がその分飲めないわけだから。私みたいなのが大人買いしてなんだか申し訳ない。ごめんなさい。

さて、たまたま仲間とそんなことを話していたら、その会話の中で昨今のクラフトビールについて「このお酒は数年後残ってるだろうか、と思うことがある」と言われました。本当にそうなのです。淘汰されてしまうブルワリーも少なくないだろうなぁ・・・と冷静に思います。「ここは絶対に残る!」と確信を持てるブルワリーは決して多くないけれども、グラゼントーレンは間違いなく残ると思う。そんな確信がある。

日本も新型コロナウイルスでかなり厳しい状況になっていますが、ベルギーはもっと酷い。外出も大きく制限され、映画館や美容室だけでなく飲食店も営業禁止が年明けまで続きます。ビアパブ、ビアカフェ、そして当然ブルワリーも存亡の危機に瀕していると聞いています。ですから、ベルギーのビール文化を愛する者の1人として、利害や大人の事情などは一切無視して思うがままに筆を進めてみます。あなたがあなたの大事な人と「大瓶を半分こにして飲もうかな」と少しでも思って頂けたらとても嬉しい。

ベルギーにあるマイクロブルワリー・Brouwerij De Glazen Toren(グラゼントーレン醸造所)を知ったのはかれこれ8年か、9年前になると思います。大阪のベルギービール輸入元・大月酒店の取り扱いで飲んだのが初めてでした。衝撃的な出会いで、今でもあの時のことは忘れません。旨すぎて何がなんだか分かりませんでした。

個人的に持っている、グラゼントーレンの会社パンフレット。

紙に巻かれた大瓶はどこかキュートでありながら凛としていて、なんだかとても愛おしいと思ったのをよく憶えています。Saison D’erpe Mere(セゾンデルポメール)、Jan De Lichte(ヤンドゥリヒトゥ)、Canatser(カナスター)、Ondineke(オンディネク)どれも圧倒的なクオリティで、打ちのめされました。これら全てただ単に美味しいだけでなく、それ以上の感動です。私の言葉で言うと、「液体に知性を感じた」のでした。これを醸している人は絶対に知的でセンス溢れる方に違いない。そう確信したし、それは間違っていなかった。

ベルギーの伝統的なブルワリーの多くは年間通して定番品ばかり作ることが多いです。そして、酵母は基本一つに定めて、モルトやホップの配合を変えることで全く違うビールを作り上げます。ブロンド、ブラウンだったり、もっと強いトリプルだったり。酵母が共通するからこそそのブルワリーのビールの香味には一定の共通点を見出すことが出来、「あぁ、やっぱりあそこのビールなんだなぁ」と感じられます。記憶とブランドを紐付ける鍵として重要な役割を果たしているのです。

グラゼントーレンの場合も恐らくどのビールも同じ酵母を使っていると思うのですが、どのお酒にもうっすらとアプリコットや桃、パイナップルを感じます。トロピカルな感じがうっすらと、しかし確実にあるのです。一見合いそうにないウィンタービールのカナスターにもこれらが感じられますが、予想に反してばっちりはまっていて唸ります。不思議だなぁと首を傾げながらも、美味しいのでいつの間にか大瓶が一本空いてしまうのが常なのです。極めて繊細なバランスの上に蔵の個性が強く表現され、唯一無二の世界観があるように私は思います。溜息をつくほど美しい。

グラゼントーレンのトリプル、オンディネク

 

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インターネットでブルワリーについて一通りのことは調べましたが、東京・赤坂のボアセレストでオーナーの山田さんからオーナーで醸造家のJef Van den Steen(ジェフ ヴァン デン ステーン)氏がビールに関する著述家であり、歴史研究者として本も出版なさっていることを聞きました。それを知った私はベルギーに行った時、この本を買いました。”Trappist: de tien heerlijke bieren”というトラピスト修道院で作られるビールに関するものです。

他にも”Geuze & Kriek: The Secret of Lambic”というランビックに関する著作もあります。

まだ買っていないのですが、アベイに関する別の本もあるので是非。

これは私の勝手な想像ですが、歴史を紐解きながらビールという飲み物の意義を考え続けた方が醸造学的アプローチと共に過去からの文脈を今に繋ぎ、モダンな姿へと昇華させているのだと思います。古典の現代的解釈というか。小手先のテクニックでは到底到達出来ない高みにあると感じるのです。そのお酒の絶対値の高さからして現代におけるマスターピースと断言して良いでしょう。アメリカのクラフトビールの流れを汲んだものもかなり増えてきましたが、やはりベルギー人によってベルギーの伝統を踏襲しつつも現在を捉えたお酒としてもっともっと高く評価されるべきものだと思うのです。

著述家だけでなく、彼が醸造学の教師として教壇に立っていることも知っていました。しかし、その教え子が日本にいるとは・・・その教え子とはKakegawa Farm Brewingの西中明日翔氏です。あぁ、グラゼントーレンには縁があるのだなぁとしみじみ思います。必然的に出逢うように仕組まれていたのかもしれない。美味しいということは万国共通で、美味しいものは人と人とを繋ぐのだ。

ジェフさんや共同創業者のディルクさんとはメールでしかやり取りはしたことはないけれど、彼らのお酒のことを私はとても愛しています。そして、いつか醸造所にも行ってみたいと思うのです。新型コロナウイルスの影響で訪問するのはしばらく難しいかもしれないけれど、ここ日本でグラゼントーレンのビールを飲むことで間接的にも彼らを応援し、そしてこの気持ちを伝えていることになるような気がします。身勝手な片想いだけれど届いてくれたら、と。グラゼントーレンにはまだまだ醸し続けてもらわねばなりませんから。

この片想いは特殊だと思う。普通特別なものは他人には隠しておきたくなるものだけれど、この場合好きな人が増えれば増えるほどその幸せが増加する。美味しいものを美味しいと思える同志が増えることは無条件に良いことだ。だから、おせっかいかも知れないけれど、皆さんにおすすめしたいのです。

 

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親しくしている栃木県のBeer Voltaさんに今グラゼントーレンのレンテビールキュベアンジェリークが入荷しているのを見つけました。すでに2年以上寝ていて抜群の旨さです。それに加えて、大瓶1本1000円切ります。ここは倍プッシュですよ、皆さん!

特にレンテビールはブルワーの方に一度は試して頂きたいと思っています。酵母の使い方、二次発酵とそれによる発泡感、時間による熟成と液体全体の一体感、ホップの上品な苦味と必要十分なだけキレるフィニッシュ、そして絶妙なモルト感。どれをとっても一級品で、モダンなストロングセゾンのあるべき姿の一つです。

2018年、ベルギーのビール文化は世界遺産にも登録されました。となれば、グラゼントーレンは世界遺産を体現する現代の名工であり、その作品がそれを間違いなく体現していると断言します。飲む芸術として、多くの方に楽しんで頂きたいと心から願います。