一つの時代の節目に立ち会っているような気がする

もうご存知の方も多いでしょうが、つい先日サッポロビールがアメリカのストーンブルーイングを子会社化すると報道がありました。

米国ストーン・ブリューイング社の全持分取得により北米事業成長の推進にむけた生産拠点を獲得

是非全文お読み頂きたいのですが、ポイントとなるのはこの部分でしょう。

(サッポロはアメリカでの)生産能力向上、および消費地に近いエリアに生産拠点を構えることによる物流コスト削減と品質安定化を実現するサプライチェーン戦略が大きな課題。
(ストーンは)米国の東西に構える2工場の稼働率向上にむけ製造能力を最大限活用すべくパートナーを模索していました。

両社で利害が一致したというわけですが、実際にはストーンブルーイングの台所事情はなかなか大変だったようです。サッポロビールが出したお知らせにあるようにかなりの赤字が出ていました。また、Brewboundの記事では借入金や抱えていた裁判の件にも触れています。外からは分からないけれど大人の事情が色々とあったのでしょう。

全米トップ10に入る規模のストーンブルーイングですから今回のことがシーンに与えたインパクトは非常に大きく、利用している各種SNSのタイムラインはこの話題で湧いていて今も世界中で様々なやりとりがなされています。子会社化を報告したストーンブルーイングのInstagramではファンからの強めの発言も多く見られます。

 

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「もうクラフトブルワリーではなくなった、残念だ」とか「もう飲まない」という声が多数上がっているけれども、私自身はその点は全く気にしていません。誰が作っても美味しいものは美味しいし、その美味しさは絶対値の高さを以てまず評価されなくてはならないと考えているからです。会社の属性はここでは問題にならない。これからもあのガツンとしたIPAを作ってくれるのならばそれで良い。たとえストーンブルーイングがBAの定めるところのクラフトブルワリーではなくなったからと言って私がそのIPAを飲むことを今後一切やめるということはないでしょう。

とはいえ、別の理由で今すぐ飲む気にはなれないのです。少なくとも今私が抱えているモヤモヤした気持ちが整理出来てからでないとダメなように思う。

大手ビール会社であるサッポロが買ったことは私にとって大した問題ではありません。結果的に同じことにはなるのですが、どちらかと言うとストーンブルーイングが売ったということの方がショックなのでした。かつてストーンブルーイング創業者のGregg Koch氏は”Why We Have Chosen Not To Sell Out To Big Beer”と題した動画でこう語っていました。

大手に身売りはしない、真に独立したブルワリーであり続けると強く語っています。このような思想のもと、たとえば具体的なアクションとしてTrue Craftが動き始めます。6年前、TRUE CRAFTと題した文章でこのストーンブルーイングの試みについて少し紹介しました。内容としては真に独立したブルワリーであり続けるために大手による買収を防ぐ目的で株式をTrue Craftというファンドが一部購入するというものでしたが、Paste Magazineの報じるところによると実際このプログラムはうまく機能しなかったようです。

The Beer Jesus from Americaという映画もありました。華々しくスタートしたベルリンの醸造所もあまりうまくは行かず、最終的には手放すことになったけれど。

確かに順風満帆ではなかった。何事もやってみなくては分からないし、その挑戦が必ず成功するとも限らない。当然失敗することもあるだろう。でも、高い理想を掲げそれに向かって邁進する姿それ自体がとても魅力的でした。最初の動画の2:05あたりで端的にそれを示していると思うので書き起こしておきます。

We have told you over years these are the things that are important to us. Our creativity, our authenticity, our going on our way, our belief in craft beer, our belief in simple fact that the world is better with great choices, as opposed to a world that’s limited to just commodity, industrialized, commercialized versions.

こういう言葉、そしてそれを示すべく起こした行動などから私はある種のヒロイズムをストーンブルーイングに感じていたのだと気が付きました。自ら語った通りTrue Independentを体現してくれるのだと信じていたのです。こういう話は青くさくて今のご時世においてはダサいのかもしれないけれど、そこに賭けていた人は私の他にもたくさんいたと思います。ただただその姿が純粋にカッコよかった。だからこそ、ショックも大きいわけです。Instagramにコメントしている方たちのように裏切られたと感じて文句をつけたくなる気持ちも分からなくはない。ヒーローは勝ってこそじゃないか、勝つまで戦ってくれよ、と。

振り返ってみると、クラフトビールの魅力の一つにこういうヒロイズムというものがあったのではないかと思います。カウンターカルチャーとしてのクラフトビールにそんな夢が見られたからこそ応援していたところもきっとあると思うのです。もうそれは過去のものになってしまったのだろうか。時代は変わるし、マーケットもまた変化し続ける。人も年を取れば考え方を変えるし、ライフステージが変われば大事なものもまた変わっていくのは自然なことでしょう。「それはそれで良いのだ、そういうものだ」と頭で理解しながらもなんとなく気持ちがざわめいて仕方ない。

Gregg Koch氏からIt’s timeという文章が発表されました。引退の時が来たという表明です。後の世がどう判断するかは分からないけれど、一つの節目に立ち会っているような気がしてならない。