過不足無く、調和する美  Hill Farmstead Amarillo pale ale

私はまだ行ったことがないのですが、死ぬまでに一度は訪れたいブルワリーの一つがHill Farmstead(ヒルファームステッド)です。アメリカ・バーモント州のど田舎にぽつんとあって車で何時間もかけていくしかない不便な場所。途中、道は舗装されていない砂利道になり、携帯の電波も届かなくなるそうですが、それでも行く価値があるのでしょう。世界中のビールファンが押し寄せるほど旨い。いつか私も行くに違いない、こんなビールがあるのならば。

ご縁があってHill Farmstead Amarillo pale ale(ヒルファームステッド アマリロペールエール)を缶で頂きました。2017年までは瓶しかなかったのですが、2018年から缶も発売されるようになったのだそうです。現地で買えたので一本どうぞ、と言われたのでものすごい勢いで「じゃ、遠慮なくっ!!」と頂戴し、気が変わったのでやっぱり返してと言われないうちにかばんにしまいました。

幸運なことにいくつも試す機会に恵まれたのですが、ヒルファームステッドのビールはどれも本当に美味しいと思っています。酸味のあるものもとても良いし、どれを飲んでも嫌味がないのです。言葉で表現するのはとても難しいのだけれども、その絶妙な調和が素晴らしい。とにもかくにもちょうど良いのです。

レストランや居酒屋、焼肉屋に行って一人前を頼んだ時、味付けの強さや量などの要素が全てちょうど良いということはなかなかありません。グランメゾンならかっちり作ってあって美味しいのかもしれないけれど、値段もシチュエーションも日常的ではない。かと言って、普段遣いのお店だと付け合せが適当だったり焼き具合が微妙だったりで、まぁ悪くないのだけれども一言言いたくなる点が無いわけでもないのです。

そのような意味で、ヒルファームステッド アマリロペールエールは「アマリロというホップをフィーチャーしたアメリカンペールエールってこうあってほしいよね」という私の言葉に出来ない理想を「それってこういうことじゃない?」とそっくりそのまま現実の液体にしてくれました。ただただ感嘆するしかないのです。

これは実はものすごく高度な話です。現在のクラフトビールシーンにおいては「ラベルに表記したものがちゃんと感じられないといけない」という不文律があります。チェリーが入っていると書けば飲んでチェリーの味わいが感じられなければならない。もし感じられなかったとしたら、ネーミング詐欺とでも言えば良いでしょうか、ブーブー文句言われたりするし、「書いてあるとおりではなかった」と低い評価を受けます。

モザイクでも、シトラでもなくて、アマリロというホップをフィーチャーしたことがちゃんと感じられなくてはいけないし、全体としてアメリカンペールエールとして調和していなければならない。ホップばかりが目立ってもいけないし、苦味が立ちすぎてもダメです。モルトのニュアンスがなさ過ぎても物足りないし、飲みやすくても味わいが薄すぎてはよろしくない。その点でヒルファームステッド アマリロペールエールは全てを完璧にクリアしていました。ドンピシャとはこのお酒のためにある言葉なんじゃないかと思ったほどです。

一切の無駄がなく滑らかに頭から足先まで繋がった美しいフォルム。過不足無く調和する美。美しい液体に酔いしれたのでした。