【雑記】名前も知らない地酒屋のおっちゃんとの距離の話

ここ数年、月に一度は通っている酒屋さんがあります。自宅からはちょっと遠いのだけれど、そこは何も気にしていません。それ以上のものがあるからです。

引っ越してきてしばらくしてからその酒屋さんの存在に気が付きました。本屋や100円均一ショップに寄るつもりで駅前の商店街をふらふら歩いていたら、お店ののぼりに気がついたのです。

「日本名門酒会」と書いてあるじゃないですか。日本名門酒会は「良い酒を 佳い人に」をスローガンに全国の蔵元が丹精こめて造った良質の日本酒を全国の加盟する酒販店を通して流通させてきた組織です。秋鹿、一ノ蔵、浦霞などなどたくさんの酒蔵が網羅されています。

あぁ、ここなら何かあるかも

と思ってなんとなく入って、店主のおっちゃんと話をしました。「引っ越してきたばかりでまだ全然土地勘がないんですけど、旨い酒には目がなくて」とかなんとか言いながら。

とりあえず1升買ってみるか

気軽な気持ちでおっちゃんに相談してみたのです。

甘口?辛口?お燗するの?アテは何?

矢継ぎ早に質問に合いながらも、その一つ一つにお酒に対する愛情が感じられました。今思えば初対面だしとても不思議なのですが、押し付けることなくこちらの要望を聞いてぴったりのものを紹介しようという姿勢が伝わってくるのです。その日は熱燗向けということで天狗舞の山廃に決まりました。

自宅で鍋にお湯を張ってじんわり温めた天狗舞はとても美味しかった。それまで日本酒はそれほど飲んでこなかったし、意識を向けて来なかったけれど、こういうのも良いもんだなぁと。昆布の佃煮齧りながら、そんなことを思った。

それからというもの、ずっとおっちゃんのところに通っている。棚や冷蔵ショーケースを見てみると、日置桜、神亀、大七など燗酒向きの渋いセレクトが並んでいました。あら、地元に随分イケてる酒屋があったもんだと改めて思ったわけです。

あぁ、まいど。さあて、今日はどうします?
甘口?辛口?お燗するの?アテは何?

行くたびに毎度同じ質問をされるけれど、まぁ、こういうのは嫌いじゃないかな。こちらがちゃんと希望を伝えられれば期待以上のものが返ってくるし、このやりとりは儀式みたいなもんだ。そんなお馴染みの会話をして、遂に千両男山の山廃純米酒という素晴らしいお酒に私は出逢った。

青森の田酒を育て上げ、千両男山の杜氏になったのが辻村氏。田酒とは全く違う酒質でその面影はないけれど、辻村氏のお酒は旨い。千両男山の山廃純米を燗にするとそれはそれは美味で、いくらでも飲めてしまう。奥さんと2人でこれまで何本飲んできただろうか。以来一番好きなお酒の1つになった。

よくよく考えてみたら、おっちゃんの名前も知らない。おっちゃんもこちらがどういう人間なのかは全く知らないだろう。でも、それでいいのかもしれない。踏み込めば何かが壊れてしまうこともあるだろうし、こういうなんとも表現しにくい距離感で充分なようにも思う。

そろそろ常温向けのを1本買いに行こうか。