すれ違う目線の話
やっぱりお店で1パイント1000円って高いじゃないですか
そう彼は言いました。
そうかなぁ・・・美味しいものにはそれだけの価値があると思うのだけれど
私はそう思ったけれど、そのまま口に出すことはグッと我慢して「まぁ、そうですかね」となんとなく応じました。つまらないやり取りではあるのだけれど、もう数年前になるあの時のことはとても印象的で脳裏に焼き付いている。
彼はとある大手ビール会社の社員だ。クラフトビールと呼ばれるものも好きで、非常に研究熱心。海外での研修も受けていて経験も豊富だとお見受けしました。そんな彼が「やっぱり1パイント1000円って高いじゃないですか」と言ったのだ。なんだかとても考えさせられるのです。
超大手のナショナルブランドに所属しているが故にイメージしている最多価格帯はきっと世間のクラフトビールの相場よりも大分安いとは思われます。今、街場のパブの相場だと1000円であれば決して高すぎるとは感じません。おそらく1パイント1100〜1300円の間ではなかろうか。あれから数年経って価格も徐々に上がってきています。ますます「高いじゃないですか」と言われそうだ。
松下電器(現パナソニック)の創設者・松下幸之助はかつてこう語ったそうです。一般には「水道哲学」とも言われるもので、物資を潤沢に供給することにより、物価を低廉にし消費者の手に容易に行き渡るようにしようという考えを表しています。
産業人の使命は貧乏の克服である。その為には、物資の生産に次ぐ生産を以って、富を増大しなければならない。水道の水は価有る物であるが、乞食が公園の水道水を飲んでも誰にも咎められない。それは量が多く、価格が余りにも安いからである。産業人の使命も、水道の水の如く、物資を無尽蔵にたらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。それによって、人生に幸福を齎し、この世に極楽楽土を建設する事が出来るのである。松下電器の真使命も亦その点に在る。
ビールはやはりどこまでいっても設備産業で、大きく作る方がコストが相対的に下がる。それも劇的に下がる。小さなブルワリーも大手も同じ率で国の法律で決まっている酒税を支払っているけれど、最終的な価格差がこれだけあるということは材料原価、製造原価、一単位あたりの人件費等々が極めて安いということに他ならない。商品点数も絞って投下する広告費で最大の効果を上げるようにしているし、ブランドが独り歩きするようにしているのはビール産業においては正解なのです。大手は凄い。
その点、中小のブルワリーはある意味で矛盾を抱えている。ビール産業において小さく作るとコストが相対的に高くてスケールメリットが出ない。品質の安定も難しいかもしれない。そこで重要になるの「手間やコストがかかっても、小さいからこそ生み出せる価値」。大きいから出来ないことの逆張りで行くしかないのです。逆張りをしなくては生き残れない環境だと言う方が正確かもしれない。
低品質でないことを前提に、ビールは安ければ安いほど喜ぶ人は多いと思います。しかし、すでにブルワリーもたくさんあるし、ワインやウイスキーなど他のお酒も恐ろしいほどあって最早選びきれない状況です。市場への供給はかなり充足されているとするならば、価値についてもっと考えても良い気がしています。10月から消費税も上がります。ビールに関する酒税が下がるのは来年の秋からなのでしばらくは価格純増です。そういう意味でも2019〜2020年はビールの価値とはどこにあるのかを考えさせられる時期なのだと思います。
ビールの品質はブルワリーの規模とは基本的に無関係です。小さいことが良いこととは限らない。品質こそが価値を生むと考えます。いつか彼にこう言わせることが出来たら、と思う。
この品質、味わいで1パイント1300円って安いですね