サケビバで考える、業界の本音と若者の事情

先日サケビバという国税庁の施策が発表されました。日本産酒類の発展・振興を考えるビジネスコンテストで、募集テーマは酒類業界の活性化や課題解決に資するプランです。

当該ウェブサイトの開催趣旨にもある通り、「少子高齢化等の人口動態の変化、新型コロナウイルス感染症の影響によるライフスタイルの変化等により、国内の酒類市場は縮小傾向」にあるのは紛れもない事実で、事業者側、徴税側からすれば何とかしたいと考えるのは自然なことです。この事業では若年層自身にビジネスプランを提案してもらうことで若年層へ日本産酒類の発展・振興に向けた訴求をするとともに、優秀なプランの公表により業界の活性化を図ることを目的としているそうですが、その意図はjiji.comのコメント欄を見る限り消費者側の気持ちとは必ずしも一致してはいないようです。jiji.comのコメント欄やtwitterの#サケビバというハッシュタグでの発言の数々を見ると大分嫌われているなぁと感じます。

酒屋を営んでいる私としては飲んでもらえるなら嬉しいけれど、強制は出来ないものだと認識しています。諸事情あって飲めない人も世の中にはいるということももちろん承知しています。お酒を飲むということがどういうことなのか理解した上で飲みたい人は各人適量楽しめば良い。ゼロかイチかはっきりさせるべき事柄ではなくて、程度の問題であるからこそメリット・デメリットの両論併記、プロコンをはっきりさせて議論した方が良いことでしょう。

これはあくまで私見ですが、この施策の主体が国税庁であるので、そのメリット(と思われるもの)が全面に打ち出されているように見えると同時にデメリットが無いように感じられるところが反感を買ったのではないかと思います。その意味では悪手だったかもしれない。消費者側に「デメリットも確かにあるけれど、デメリットばかりではなくてこういうメリットもあると思うよ」と具体例を交えつつ伝えることが出来たら良かったのではないだろうか。まぁ、それをビジネスプランとして募集しているので国税庁が自ら言うべきではないのかもしれませんが、そういう部分についても少し触れているだけで大分反応は違ったように思います。

たとえば、去年サントリーが作ったこの動画は消費者が上手に言語化出来なかったお酒とお酒のある場所の良さを端的に伝えていると思います。上手ですよね、これ。すごく良い。

とはいえ、こういうアプローチだと即効性はありません。じわじわ浸透する情緒に関する事柄なのですぐに結果は出ないでしょう。これはまだ体力に余裕があって、長い目で見て上向きになれば良いよねと鷹揚に構えていられる時に採用可能な手法です。コロナ禍で多大なダメージを受け、恐らくそんな悠長なことを言っていられないのが今の酒造業界の本音でしょう。コロナの影響で長らく飲酒を伴う外食が敬遠され、その上酒造メーカーには協力金などは無かったので正直相当しんどいに違いない。

また、メリットを伝えたところで若者側にのっぴきならない問題が別にあって、いくら「乾杯って素敵だよね」と語っても「いやぁまぁ、それはそうなんだけどさ」としか言えない事情もあります。若者側から考えると意図的に飲まない、もしくは飲む量を減らしているのだから余計なお世話だよ、と。

若者のお酒離れが叫ばれて久しいわけですが、実際にはお金の若者離れではないかと思うわけです。健康を気にする方ももちろんいるでしょうが、実際問題として可処分所得の伸び悩みは非常に大きい。もはや生活インフラである携帯代を払わないわけにはいかないし、AmazonやNetflixを解約は出来ない。生きていくのに必要な経費は色々あって、嗜好品の最たるお酒に割くお小遣いが潤沢にあるわけではないという事実を直視しないといけないのでしょう。

ビールに関する税金は諸外国に比べて高いことが以前から指摘されています。税が下がればもう少しだけ気軽に飲めるようになるのは間違いない。実際酒税の減額は行われていて、2026年までにビール類の税率が段階的に変更されて一本化されます。この政策によって発泡酒、第三のビールは上がり、ビールは下がることになります。次の変更が2023年なのですが、その際下がるのは350ml缶1本あたり7円ほど。しかし、今年10月に大手4社全てが値上げすることを発表していてその値上げ分が来年の酒税減少分を上回ると見られます。

アサヒビール、6~10%値上げ 家庭用ビールは14年ぶり
キリンHD、ビールなど値上げへ
サントリー値上げ ビール類、缶酎ハイなど最大10%
サッポロビール 10月から大半の商品を値上げへ

値上げ要因としてコロナだけでなく戦争も影響しています。原料だけでなく容器も物流費も上がっていて、何から何まで値上がりしているから加工品であるビールが値上がりすることは仕方ない。これも世の流れです。来年税率の変更はあるものの、結局ビールは今の状況がしばらく続くことになりそうです。

さて、国内のクラフトブルワリーはどうでしょうか。早いところでは6月から、また、告知期間を設けて7月から一部値上げがありました。大手に比べて体力がなく各種原料価格の高騰で中小のブルワリーは影響を受けています。値上げはモルトをはじめとする原材料費の高騰という直接的なものだけでなく、ガソリン等々の高止まりを受けた物流費高騰という間接経費のアップも多分に影響していると思われます。つまるところ、コストアップを受けたものであってブルワリーの利益向上に大きく寄与しない性質のものでしょう。個別の企業がどういう状況にあるかは分かりませんが、厳しい環境にあるだろうと予想されます。今後更なる値上げが行われても不思議ではない。

個人的な希望などは勘案せず冷静に考えてみると、残念ながらお酒は全体的にダウントレンドであろうと考えざるを得ません。お酒の中の個別のジャンルごとにまた別のトレンドが動いています。ウイスキーの活況はもうしばらく続きそうですが、その一方でビールは微減が続き、チューハイをはじめとした安価なRTDが依然として強い状況が継続しそうな気がします。この流れはクラフトビールには大分ビハインドな感じなんですよね・・・将来のお酒シーンを考えるとお金の若者離れをどうにかしないといけませんが、今の日本の状況だと若者だけに限った問題でもなさそうので困ってしまいます。どうしたもんですかねぇ、本当に。