「ゼロから始めるシードル醸造所」にはヒントがいっぱい

今日は本を一冊ご紹介致します。

知人でもある蓮見よしあきさん、小野司さんの共著「ゼロから始めるシードル醸造所」を読みました。蓮見さんは長野県にあるワイナリー・はすみファームの代表で、「ゼロから始めるワイナリー起業」を上梓されていらっしゃるのでご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回の本はその本の流れにあると捉えて良いと思います。

小野さんは北信五岳シードルリーの創業者で、シードルマスター協会の会長です。私もシードルマスター協会が主催するシードルコレクションで大変お世話になっており、シードルオンタッププロジェクトでもお力添え頂きました。北信五岳シードルリーではキーケグ詰めのケグ内二次発酵シードルもお作りになっていて、この本にも掲載されています。

こちらの本はシードル醸造所を開業したいと考える方にとって非常に有用なものです。大きなフレームでシードルについて一通り知るにはうってつけでしょう。平易な文体で頭にすうっと入ってくるのでおすすめです。

さて、今回私がこの本を読んで気づいたことが大きく3点あります。

まず1つ目は蓮見さんのパートで触れられている重要な点、醸造所の稼働を上げるということについて。ぶどうもりんごも果実で、果実酒製造免許があればワイン、シードルのどちらも醸造出来ます。果実酒免許を取得し国産ぶどうだけでワインを醸造する場合はぶどうの取れる時期だけ醸造することになります。逆に言えば、原料が手に入るその時期以外製造が出来ません。ぶどうと収穫時期のずれるりんごを使用してシードルを作ることは設備稼働率を上げることになるのです。また、シードルは仕上がるまでの時間がワインよりも短いので現金化を早めることも可能です。経営的な視点で考えると、果実酒製造免許があるならばワイン、シードルの両方出来たほうが良いと思われます。

このポイントはビールも似ています。多くのクラフトブルワリーがラガーではなくてエールを醸造するのは仕上がるまでの時間が短く、タンクという設備の稼働率が向上するからという理由もあります。少ないタンクをなるべく多くの回数使ってたくさん製造しようとすれば早く仕上がる方法が良いし、商品を増やすことができれば売上増加も見込めます。

2つ目はリスクヘッジについてです。ぶどう畑を所有していてワインの仕込みを全量自前のぶどうで賄えるならば特に問題はありませんが、そうでない場合は考えておかねばならないことがあります。全国に新規開業のワイナリーが増え、昨今醸造用ぶどうの供給不足や仕入れ価格の高騰が一部で指摘されています。醸造家がいて設備もあるのにぶどうが買えないという状況になってしまうと、商品が作れず売上が一切なくなってしまいます。こういう危機を避けるためにもシードルは経営上のオプションとして認識しておく必要があるだろうと私は思いました。

将来的に畑でぶどうを自分たちで栽培・収穫して醸造まで行う計画であったとしても、ぶどうの木が育つまでには相当な年月が必要です。上記で指摘した通り醸造用ぶどうも不足気味ですが、苗木もまた手に入りにくいそうです。いわゆる栽培から醸造まで一貫して手掛ける「ドメーヌ」を始めるにはその繋ぎ、時間稼ぎとしてやはりりんごを使ったシードルは重要な位置を占めるはずです。

この視点はニッカウヰスキーのことを思い出させます。ニッカウヰスキーは寿屋(現サントリー)でウイスキー製造に従事していた竹鶴政孝がスコットランドに近い気候の北海道でウイスキー作りをするために退社し、資本を集めて北海道余市で創業したのが始まりですが、ウイスキーは蒸留してすぐには商品にはなりません。木樽で数年間寝かせてやっと商品化出来るので、その間は無収入です。そのため、起業当初は蒸留所のある余市の特産であるりんごを利用してジュースをはじめとする加工品の製造・販売をしていました。木樽で寝かせている期間はりんごの加工品で経営を繋ぎ、ウイスキー発売にこぎつけたというわけです。ちなみに、「ニッカ」という名称も創業時の社名である「大日本果汁株式会社」を略した「日果(にっか)」から来ています。

3点目は小野さんのパートで触れられているブルワリーでのシードル製造についてです。45〜46ページにある該当部分を以下に引用します。

小規模なマイクロブリュワリーでもシードル造りを行うことが比較的容易で、果実酒製造免許がない場合でも、発泡酒製造免許でシードルといえるものが造れます。その際、麦芽をほんの少し入れる必要がありますが、麦芽使用比率67パーセント未満という上限は法律上決まっているものの、下限が規定されていません。したがって、少し麦芽が入っていれば、リンゴの果汁でシードルが造れます。

この点に関しては既存のブルワリーの方、これからブルワリー開業を考えている方に読んで頂きたいと強く思いました。発泡酒免許で「ほぼリンゴ果汁で作った、限りなくシードルに近いもの」が作れるのです。ホップの在庫があればアメリカンハードサイダーによく見られるようなホップドサイダーも可能です。シードルはクラフトビールの流れのすぐ脇にあるもう一つの文脈として捉えて良いのではないでしょうか。

また、ブルワリーにシードル作りをお勧めしたい理由がもう一つあります。ワイナリーの多くはシャルマー式でスパークリングワインを製造する設備を持っていません。カーボネートさせるのには新たに酵母を添加して補糖し、瓶内二次発酵させることが多いと思います。これに対してブルワリーには当たり前のように耐圧タンクがあり、人工的にさせる環境が整っています。発泡したシードルが瓶でもケグでもビールの理屈で作れる、というのは大きなアドバンテージではないでしょうか。

私は今回3点取り上げましたが、本書では6次産業、果実酒特区、補助金など重要なポイントに多数触れられています。本のタイトルにあるようにシードル醸造所を開業したいと考える方にとっては必読の書だと思いますが、その他のお酒に携わる方にとっても多くのヒントがあるでしょう。是非一度読んでみてください。

最後にひとつだけ。蓮見さん、小野さん共に「良い商品を作るということは最低限当たり前のこと」だと繰り返し仰っていて、その上で「どんなに素晴らしい商品を作っても、その商品のことが消費者に伝わらなければ誰も買ってくれない」という点も強調します。私もその点には強く同意します。しかし、この本はシードルの醸造技術については一切触れていないし、シードル醸造所経営の実態やオーナー社長業については詳細に描かれてはいません。シードルで独立開業しようと考えるのであれば、醸造家と醸造所オーナーという両方の能力が求められることでしょう。この本をきっかけにシードルというテーマでプロダクションとマネジメントおよびマーケティングをそれぞれ深堀りしていくが良いのではないかと思った次第です。

ということで、「ゼロから始めるシードル醸造所」が気になる方は是非読んでみてください。amazonで買えます。