マット師匠の速醸サワーエール指南とその裏側に透けて見える世界

酸っぱいビールを愛する皆様、本日は”Dr. Lambic”ことマット師匠のブログから一つご紹介します。“Fast Souring with Lactobacillus”というタイトルのものです。ざっくり日本語にすると、「乳酸菌を使った速醸サワーエール指南」となるでしょうか。

一つだけご注意を。マット師匠のブログはプロの醸造家にだけ向けたものではなく、自家醸造家に対しても書いています。つまりご家庭でサワーエールを作る際の方法や気をつけるべき点も書いてあるということです。しかし、日本では自家醸造は違法なので、これを真似して作らないようにして下さい。あくまでも「こういうやり方があります」ということをご紹介しているだけです。近年急速に人気が高まっているサワーエールですが、作るのにとても時間がかかります。それをいかに短い時間で仕上げるかという方法について知る良い資料として読んで下さい。

まず最初にこう書いてあります。

The goal of the first part of this article is to review the various methods used to produce fast souring in beer and  to discuss the best practices to follow when employing these methods.  The second component of this article will be a discussion of how to analytically taste your beers in order to detect the various common off-flavors that can arise from fast-souring processes.  Finally, a third element of this discussion with center on the science behind these fermentations, with a focus on the various unwanted bacteria that can compete with Lactobacillus.

第一部では早く酸っぱくする様々な方法を見ていきます。また、その方法を採った場合の一番良い対応について議論していきます。第二部では早く酸っぱくする方法を行う中で出てくる典型的なオフフレーバーが見つけられるよう、分析的にビールを味わう方法について議論するつもりです。最後の第三部は発酵学的議論が中心となりますが、特に乳酸菌と対抗する様々な不要なバクテリアのことに焦点を当てます。

ということで、第一部には「サワーマッシング」、「サワーケトル」、「サワーウォート」という手法について書いてあります。第二部はオフフレーバー発生の因果関係やその予防方法など。第三部は科学的な説明となっています。マット師匠のブログは本当に興味深い内容ばかりで、全部ご紹介したいくらいです。しかし、どうしても専門的な用語も多くなります。レベルが高すぎて、前提知識が無いとさっぱり分からない。ビール醸造の工程などが一通り頭に入っていないとちんぷんかんぷんです。私は醸造家では無いので、詳細については直接当たって頂く方が宜しいかと思います。気になった方は辞書や翻訳ソフトなどを活用し、読んでみてください。とりあえず、こういうものがあるということだけはご紹介したいと思ったのです。

酸っぱいビールが気になる方は、まずここからという投稿でも書きましたが、とにもかくにも酸っぱいビールについての日本語の本が本当にありません。需要がないのだから仕方ないのです・・・もし英語が苦手でなければ是非こちらを一度読むことをお勧めします。American Sour Beersというとても詳しい本です。様々なタイプのサワーエールについて触れていて、読み応えがあります。ビール作りのテクニックも満載です。これと合わせてマット師匠の話を読むと更に面白いのではないかと思います。

さて、今回こちらをご紹介したのには理由があります。上記の通り、発酵学的アプローチなどはご専門の方に譲るとして、「こういう記事がなぜ書かれたのか?」ということを考えてみたいのです。

ビールが好きな人は世界中にいますが、実際に作っている人はそれよりも当然少ない。飲むのが好きだという人が大半だと思います。しかし、自家醸造合法の国では結構な数の方が趣味でビール作りをしています。飲むのも作るのも好きな、プロではないけれど単なる消費者でもない人がいる。こういうことです。

ビール愛好家>>ビール愛好家であり、アマチュア醸造家>プロ醸造家

今回のマット師匠のお話は自家醸造家の方も対象です。ということは「自分でサワーエールを作ってみたいというアマチュア醸造家が少なからずいる」ということでもあります。きっと彼らはこういう思考プロセスを経ているでしょう。

  • ①サワーエールを飲んで感動した。「すげー、酸っぱいけど、すんごくウマい!!」
    ②サワーエールとその作り手に対するリスペクトが生まれる。「やっぱりプロのサワーエールはウマいし、すごいなぁ。」
    ③模倣してみたくなる。「僕もあんなものを作りたいなぁ。どうやったら作れるのだろう?」

③に至るかどうか、つまり実際に作ってみるのかどうかは非常に難しい問題ですが、そこに辿り着いた人の疑問に対する知識の提供やソリューションがマット師匠の解説であり、たとえば上記のAmerican Sour Beersだと思います。そして、ここで終わらないのがCRAFT BEERの世界。①〜③を経て色々と作り始めるわけですが、その先に④や⑤があるわけです。

  • ④一部腕のある人が既存の情報や独自の研究を元に完コピ(完全コピー)を作り始める。「おっしゃ!あのサワーエールの完コピが出来た!!」(一部には「インターネットにクローンレシピを載せて皆に教えてあげよう。」と惜しげも無く情報を公開する人もいます。)
    ⑤完コピから脱し、オリジナリティが生まれる。「こうすればもっと美味しくなるはずだし、理想に近づく・・・出来た、これだ!!」

こういう人たちが第二のマット師匠になるのかもしれないし、実際にプロの醸造家になったりするのでしょう。「レベルの高いアマチュアの育成」でもあり、もっと言えば、「未来の醸造家へのプレゼント」であるのかもしれません。独り占めするのではなく、より良い未来のために自分が今できる貢献をするという意味もあるのではないでしょうか。その結果、いつしか「消費者の啓蒙」も促進されるというサイクルが生まれる。これはリアルで高い熱量を持ったムーブメントそのものです。

マット師匠の言葉の裏側に透けて見える世界はこういうものでもあるはずです。日本とは全然違います。何から何まで違うわけです。でも、ここで落胆しているわけにはいきません。自家醸造違法の日本においてこのプロセスを辿ることは出来ないけれど、きっと何かしらの方法があると信じています。私は外国で流行っているからサワーエールをご紹介したいのではなく、私自身がサワーエールに心の底から感動したからご紹介したいのです。とにもかくにも、まずは「すげー、酸っぱいけど、すんごくウマい!!」と言って頂けるよう、マット師匠の力もお借りしながら地道にコツコツやっていこうと私は考えています。

酸っぱいっておいしいよ。