実在庫の所在と欲求充足までの時間

私どもが主催する読書会で以前「クラフトビールはどこに何が売っているか分からない」という問題について話し合ったことがあります。この論点は非常に重要で、Affordability(手が出せる値段であること)が満たされると次に大事になるのがAvailability(実際に在庫があること、入手可能性)やAccsessibility(行きやすさ)です。ビールは「飲みたい」と思ってからその欲求を満たすまでの時間が比較的短くないといけない気がするので、こうした条件が重要になります。これらについて以前「クラフトビールを仕事にしたいと思った時の業界俯瞰図2024年版」に書いたので今日はそれをご紹介したいと思います。

 

実在庫の所在と欲求充足までの時間

ここ何年かでクラフトビールに関するウェブサイトも増えましたし、書籍も刊行されています。たくさん情報が出ることは基本的に良いことなのですが、全てが良質なものとも限りません。以前とある出版社の編集者とお話しした時に、クラフトビールの本は図鑑っぽいものが多いということで一致しました。多様性というキーワードのもと、ビアスタイルで区切って各社のビールをずらーっと並べたものです。「世の中には色んなビールがある」ということは分かるのですが、それ以上でもそれ以下でもないわけです。そのことに価値がないとは言いませんが、似たようなものも多くて「ふうん、そうなんだ」という感想以外あまり浮かばないのです。

図鑑のような本では製造元、輸入元が巻末に一覧となっていることがほとんどですが、気になるビールがあっても「わざわざ電話するのは面倒だなぁ」と思ってしまいます。問い合わせたとしても「○○○市の×××店に出荷実績はあるのですが、今そちらに在庫があるかは把握していません」となるに決まっています。それでも欲しいならそのお店に電話して取り置きしてもらうのだろうけれど、今時はインターネット通販を使った方が楽です。そんなこんなでビアギークでもない限り実店舗に行くということもなかなか無くなっているのではないかと想像しています。

似たようなことはビール祭りでも起こっています。ビール祭りに行って美味しいビールが見つかったとしても、限定品で既に完売しているために二度と飲めないことも少なくありません。また、定番品であっても出店しているブルワリーがどこで買えるかを示してくれないので「もう一度飲みたい」と思ってもその希望は叶わない。結局一生懸命探して送料をかけてインターネット通販で買うことになります。

さて、インターネット通販は便利なものですが、購入してから届くまでにタイムラグが生じます。手元に届くまで何日かかかっても構わないと待てるものについては良いのですが、ビールというもの一般にその性質が備わっているでしょうか。待てる特別なものもありそうな気がしますが、待っている間に気分が変わってしまうことは往々にしてあり、待てないのが普通でしょう。あの時あの瞬間はさっぱりしたものをゴクゴク飲みたくて注文したのに、数日後寒くなったので重めのものをゆっくり飲みたくなっていて届いたものに少々がっかりするかもしれない。やはり思い立ったらすぐに飲みたいのがカジュアルな飲み物としてのビールではないかと思います。言い換えれば、欲求充足までに要求される時間の短さがビールの特徴の一つだと思われるのです。

「いやぁ、今日も疲れたなぁ。今晩ビールでも飲もうかな。帰りがけにコンビニエンスストアかスーパーに寄っていこう」と思ったことが皆さんにもあると思います。これを考えた時から実際に飲むまでは長くても数時間でしょう。そして、帰りがけに寄るお店の選択肢もそこまで多くない。限られた時間とルートの中で欲求を即時的に満たすため、身近な場所で思い立った時にすぐ購入できることがかなり重要です。

その点、三代目悪人の「イエチカビールノホン ご近所ビール大百科」 はそのコンセプトが素晴らしい。こちらには大手のものを中心に100種類弱のビールが掲載されていて、それぞれ購入できるコンビニエンスストアチェーン、スーパーマーケットのマークが付記されていて大変便利です。どの系列に何があるのかを明示しています。どこにでもあるわけではないものを一覧にすることだけでなく、場所とセットにしたのは極めて価値が高い。この情報群があれば帰りがけに寄るべき所に迷うことはなくなり、素敵な夜が保証されます。

このスキームは大手流通に乗った大手の商品が全国チェーンにあるから実現可能なのですが、クラフトビールにも適用すべきものであるのは間違いないでしょう。抽象名詞としての【クラフトビール】やビアスタイルではなく、「○○○ブルワリーの×××ビール」という具体的なものになった時、私たちはいつも迷子でその不便に困っています。自分自身の生活圏と実在庫の所在を重ね合わせることで欲求充足までの時間を最小化出来るはずです。それはクラフトビールを日常に降ろしていくことに他なりません。