クラフトビールとホームブルー アメリカの場合

2ヶ月ほど前、日本におけるホームブルー解禁についてという文章を書きました。その続きと言いますか、アメリカのホームブルーについて少し書いておきたいと思います。

クラフトビールと呼ばれるものの中でもアメリカのビールが特に面白いと感じています。長らくアメリカのビールについて実際に飲み、調べていくうちにその面白さがどこからくるのか少しだけ分かってきたように思います。

クラフトビールといえばIPAと思っている方も少なくないだろうと思いますが、今の流れで考えるとそれはイギリス発祥のイングリッシュIPAを源流とするものではなく、最早アメリカがオリジナルであると考えるのが妥当であろうと思います。すなわち「アメリカンIPA」です。BJCP2015年版ではアメリカンIPAをこう説明しています。

21 IPA
The IPA category is for modern American IPAs and their derivatives. This does not imply that English IPAs aren’t proper IPAs or that there isn’t a relationship between them. This is simply a method of grouping similar styles for competition purposes. English IPAs are grouped with other English-derived beers, and the stronger Double IPA is grouped with stronger American beers. The term “IPA” is intentionally not spelled out as “India Pale Ale” since none of these beers historically went to India, and many aren’t pale. However, the term IPA has come to be a balance-defined style in modern craft beer. (下線は筆者による)

下線を引いた部分が非常に重要で、モダンクラフトビールシーンにおいてIPAはIndia Pale Aleの略ではなく、インドともスタウトよりも薄い色を指すPaleカラーとも関係がありません。IPAという独立した飲みものであるということなのです。

諸説ありますが1980年代にアメリカで”Craft Beer”という言葉が使われ始めたそうです。ここでアメリカのビールシーンの歴史については深く触れませんが、クラフトビールと言うとどこか新しく、イノベーティブで先鋭的な何かを想起する要因はやはりアメリカなのだと思います。

BAではHISTORY OF CRAFT BREWINGと題し、アメリカのクラフトビールに関する歴史をまとめています。その中でも注目したいのがこの部分です。引用しておきましょう。

The history of craft brewing saw America’s brewing landscape start to change by the late-1970s. The traditions and styles brought over by immigrants from all over the world were disappearing. Only light lager appeared on shelves and in bars, and imported beer was not a significant player in the marketplace.

Highly effective marketing campaigns had changed America’s beer preference to light-adjunct lager. Low calorie light lager beers soon began driving and shaping the growth and nature of the American beer industry, even to present day.

By the end of the decade, the beer industry had consolidated to only 44 brewing companies. Industry experts predicted that soon there would only be five brewing companies in the United States.

At the same time as the American brewing landscape was shrinking in taste and size, a grassroots homebrewing culture emerged. The homebrewing hobby began to thrive because the only way a person in the United States could experience the beer traditions and styles of other countries was to make the beer themselves.

These homebrewing roots gave birth to what we now call the “craft brewing” industry.

アメリカは元来移民の国で、欧州各地から植民してきた人々がアメリカで手に入る原料でビールを作ってきた歴史があります。地元にはその歴史の流れを汲んだビールがありずっとそれを楽しんできたわけですが、禁酒法やその後の大手の寡占化などを通じてビール文化が一時大きく衰退してしまいました。それを消滅させなかったのは趣味の自家醸造、すなわちHomebrewing(ホームブルーイング)というカルチャーです。それによって一度は滅びてしまった歴史的スタイルのビールの復刻であったり、新しいテクニックや原料による既存ビールの再解釈などが行われ、その活動を通じて再びビールを豊かにしてきた歴史があります。

文化の再発見・再評価をすることもあります。移民たちの祖国である欧州の国にまでルーツを遡り、それを現代に再現または再解釈したりして、新たな表現を模索しているのが現代アメリカンクラフトビールの姿と言って良いのだと思います。そして、それを支えるのがHomebrewingです。クラフトビールは自由だと良く言われますが、その根底にあるのはHomebrewingとアメリカという国の環境が生み出した自由度の高さであり、それをアメリカのシーン全体が体現し、世界に向けて発信してきた結果なのでしょう。だから、アメリカのビールは面白い。

引用した最後の分をもう一度見てみましょう。

These homebrewing roots gave birth to what we now call the “craft brewing” industry.
このようにホームブルーが根付き、現在私達が”クラフトブルーイング”産業と呼んでいるものに命を与えた

趣味のホームブルーの延長線上にクラフトブルーイング産業があるのは間違いありません。しかし、アメリカには禁酒法の時代もありましたし、禁酒法廃止後アメリカ全体で一気にホームブルーが合法になったわけではありません。1978年に合法化の流れとなり、全米50州全てで解禁されたのはつい6年前の2013年です。BAのHomebrewing Officially Legal in All 50 Statesもご一読ください。今日のアメリカでのクラフトビールの盛り上がりは一朝一夕で出来上がったものではありません。その歴史をホームブルーイングという視点で俯瞰し、過去から今までを研究してみることは価値があるのではないかと思っています。その上で法体系や成り立ち、事情の全く違う日本ではどうしたら良いのかを丁寧に議論していくと良い気がしています。