クラフトビールと「守破離」の話

Mar 31, 2016

昨日、「商品名=ビアスタイル名」問題という投稿をしましたが、多くの方にご拝読頂き非常に嬉しく思っております。私どもの意見が唯一無二の正解だとは思っていませんが、多くの方とこの疑問や問題を共有することが出来ればこれからのシーンが少し変わるかもしれないと心の底で信じています。今後もご拝読賜りますよう、お願い申し上げます。

さて、以前ビアスタイルのことを考えた 「まずは脊髄反射」ビアスタイルのことを考えてみたという投稿でも「ビールのスタイル」について少し書きました。少し時間は経ちましたが、その考えにあまり変化はなく、相変わらず疑問があります。昨日の投稿とも関連したことを今日は書きたいと思います。

ビールには様々なものがあります。軽いもの、濃いもの、ホッピーなもの、モルティなもの。地域、歴史、作り手、流行によってもいろんな姿を見せてくれます。プロ醸造家の作品だけでなく、世界には自家醸造が趣味の方もたくさんいらっしゃいますから、その種類は最早数えきれません。そんな中から私たちはTPOに合わせてビールを選び、飲み、楽しんでいるのです。数多あるビールを分類し、整理しようと考えるのは極めて自然なことだと思います。今のシーンにおける分け方、線の引き方を理解することは重要で、まずはそこから始めるべきでしょう。その上で、一度ビアスタイルを俯瞰したら忘れてしまえば良いと思うのです。

ところで、日本語には「守破離」という言葉があります。ちょっと引用してみます。

守破離(しゅはり)は、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つ。日本において左記の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想でもある。個人のスキル(作業遂行能力)を3段階のレベルで表している。
師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。
武道等において、新たな流派が生まれるのはこのためである。

「守破離」はこう言い換えても良いと思います。

  • 「守」はオリジナルのものを完全にコピー出来るようにすること
    「破」はオリジナルのものをアレンジ出来るようになること
    「離」はオリジナルを超えて自身がオリジナリティを確立すること

ビール品評会においては優劣を付けることが至上命題なので、基本的には決められた「型」や「スペック」にどれだけ合っているのかがまず論点になります。語弊を恐れずに言えば、そのスタイルの典型だと広く認識されている既存のビールにどれだけ近いのか?と言うことも出来るかもしれません。品評会でなくても、スタイル準拠主義というのはどこまで行っても「守」の段階の話です。「破」や「離」まで来たら同じスタイル名で呼ぶことを少なくとも躊躇うようになるはずですから。

きっと「守」まで来たビールは美味しく飲めるけれど、先人の丸パクリなので面白くはないでしょう。「あぁ、この前飲んだアレのコピーか。上手にマネ出来ていて美味しいね。ま、悪くないんじゃない?」となります。少なくとも商業ビールはこの段階まで来ていないといけない。最低でも美味しく飲めないと。「個性を楽しむ」とか「多様性を感じる」という話は「守」を通り越した後の話。「破」や「離」の段階に来ないといけません。

昨日の投稿でこう書きました。

美味しいなら好きに作ってもらった方が楽しい。スタイル名は使わずに、名前も好きに付けて欲しいです。完全にオリジナルなものなのだから。

「美味しいこと」、「高い品質であること」は大前提で、絶対に揺るぎません。「出来の悪いビールの言い訳」として「スタイルなんて関係ないぜ」と言うのは間違っています。「守」すら出来ていないのに「破」や「離」を自称しても誰もついて来てはくれません。液体自体が問答無用でそれを正直に証明してしまうのですから、作り手には良いものを醸して欲しいし、消費者は評判などのバイアスをかけず素直にその高いレベルをちゃんと評価するようにするのが一番良いはずです。

今日本は正にクラフトビールブームです。免許の規制緩和から20年以上経ち、醸造所も増えました。輸入ものもたくさん流通するようになりました。クラフトビールが「守」まで来ているのかをまずは確認し、そろそろ「破」と「離」について話をする時期なのかもしれません。

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