C107新刊「クラフトビールという記号の戯れ」について

いつもはギリギリまで粘って書いていたのですが、今回は早めに入稿できました。新刊「クラフトビールという記号の戯れ」は年末に開催されるコミックマーケット107にて発表しますのでお読み頂きたく存じます。31日 東ニ12aにて頒布致しますのでご来場の方はお立ち寄り頂ければ幸いです。、現在、私どものBASEの本屋で予約受付中です。ご利用くださいませ。目次も下記でご紹介しております。

CRAFT DRINKSの本屋 新刊予約ページ

さて、下記は本書の冒頭、「はじめに」に記したものです。最近つとに思うのですが、クラフトビールというものを型で認識するのが当たり前になってきていて、人間が本来有する豊かな創造性の発露が鈍ってしまっているのではないかと。確かに型で捉えることで認知の節約になるけれども、そこで失われてしまうもの、こぼれ落ちてしまうものがあるのではないかと思うわけです。そうした意識を持たぬままでいると、クラフトビールなるものは完全に記号の戯れとなっていくのではないかと少々心配しているのでした。

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はじめに
本書はフリーペーパーとして発表した2つの短い文章をベースにして発展させたクラフトビールと言葉に関する論考です。

私は酒屋をしていることもあってクラフトビールなる文化現象に長らく付き合ってきましたが、近年クラフトビールにまつわる言葉が自由でなくなってきているように感じられます。クラフトビールらしさがどこかの誰かに決められているような、それっぽい言葉を使わないといけないような空気になっている気がしてならないのです。

こうした私のちょっとした違和感から始まり、本書ではシーン全体の言葉遣い、そしてその言葉遣いから考えられる人々の認識や態度を考察していきます。その結果としてクラフトビールなるものは現実味を無くしつつあって、AI時代にそれが加速するのではないかと予想しました。地に足のついた、正しい意味での地ビールのような形を今更取り戻すことが不可能であるとするならば、21世紀のクラフトビールはどうなっていくのか、もしくはどうしていくべきかを私なりに検討してみたのです。つまるところ、生の経験、記号化される前の感情や感覚をもっと大事にするべきではなかろうか、と考えるに至ります。それが巡り巡ってコミュニティの再建、地域性を再構築に繋がると思うのです。

大きく変化する社会環境や技術の進展などによって文化は大きく影響を受けます。その結果、残念ながら人はどんどん疎外されつつあるように感じ、何とも言えない気持ちになるのです。それにどうやって抗っていくか。どう折り合いを付けていくのか。そんなことをクラフトビールという側面から考えるのも無駄ではないように私は思うのでした。拙い者ではありますが、この論考がクラフトビールと社会を考えるきっかけになってくれたら著者として嬉しく思います。

補論として2024年末に発表した場所と人間の感覚に関する文章も付しておきます。併せてご覧くださいませ。

なお、表紙絵はアーティストのTOYOさんに描き下ろして頂きました。素敵な絵をありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。