最近のクラフトビール動向ってどうなの?

Teenage Brewingの森さんの呟きが示唆するところが重要ではないかと思ったので少々綴ってみます。

都内のビアバーへの出荷量が業界全体で減ってませんか? Teenageとしても実はクラフトビールファン向けの出荷量を今以上に伸ばすことってちょっと難しいかなと感じてます

2点に分けて考えたいと思います。「都内のビアバーへの出荷量が業界全体で減っているかもしれないこと」「クラフトビールファン向けの出荷量を今以上に伸ばすことは難しいこと」です。

「都内のビアバーへの出荷量が業界全体で減っているかもしれないこと」

まず前者から。拙著「クラフトビール入門 飲みながら考えるビール業界と社会」で指摘している通り、日本ではクラフトビールないしはクラフトブルワリーが定義されていないの統計がありません。定量的データがないので生産及び消費の動向が分からないのです。しかし、その現場の肌感覚が間違っているとも言い切れません。

実は森さんが指摘していることを私も随分前から感じていました。根拠を示すことは出来ないのだけれども、ビアパブで話を聞いたり、醸造家と会話をするとそうした状況がうっすら垣間見えるのです。

あくまでも「都内のビアバーへの出荷量が減っている」という仮定で考えてみたいのですが、これが正しいならばその理由は3つあるのではないかと私は予想します。

①家庭用市場向けに缶商品が増え、自宅消費が定着しつつある

コロナ禍の最中、外食で飲むのが憚られた分家飲みにシフトしていました。そのタイミングで国の補助金を利用して缶詰機を導入したブルワリーは多く、専門店以外にも缶のクラフトビールが並ぶようになりました。2023年以降、この傾向は続いていて家で飲むのが気楽で良いということが広く認識され、コロナ禍以前より定着したのではないか、ということです。

遠因として、リモートワークの定着やインフレや為替の影響を受けた外食産業での売価高騰も挙げられると思います。

②時期的にもビール祭りが多く、ハレの日消費が続いていた

コロナ禍が明けて、全国各地で毎週末ビール祭りが開催されています。ビールに限らず、たくさんの催事が行われていて、日常生活ではなかなか触れることの出来ない体験に溢れています。文化的生活の向上という意味で喜ばしいことですが、ハレとケで言うとハレが強調された状態です。クラフトビールというものを楽しむということがハレ、つまり非日常的体験と一般消費者に認識され、ケの時空間、つまり日常生活で飲むものではないと考えられている可能性を感じます。

以前、このことを「せっかくだから」の遠さと表現して短い文章を書いたのでよかったらお目通しください。とある飲食店でのことですが、ビール祭りという空間の非日常性はそこで提供されるものであるクラフトビールの非日常性も高めてしまったのかもしれません。

③上記2点を総合して、日常で消費者がパブにあまり行かなかった

これは死ぬほど暑かった今年の夏の気候も影響している可能性があります。他にも、東京都内はケグを他社から仕入れる必要がないブルーパブ及びブルワリーの直営店が多いというのもあり得るシナリオです。仮にこれが正しいなら、個人経営で仕入れたケグ専門のビアパブの元気がないことの裏返しとも言えるでしょう。純粋にクラフトビールが高いという値段の問題も考えられるのですが。

想像の範囲を超えないのでこれくらいにしておきますが、こうしたことをまとめると「総需要に対して供給力のバランス」と「業務用・家庭用という消費シーンの分析」を考えることが必要なのだろうと思われます。

「クラフトビールファン向けの出荷量を今以上に伸ばすことは難しいこと」

次に後者の「クラフトビールファン向けの出荷量を今以上に伸ばすのが難しいこと」についてです。この呟き一つだけでその真意や意味するところを完全に把握することは難しいのだけれども、クラフトビールファンとそうでない人がいて、前者の肝臓やお小遣いはもう限界だからそうでない人にも飲んでもらえるようにしないといけないという意味だでしょう。既存顧客ではなく新規顧客の獲得をどうするか、という問題だと読み替えて良いと思います。

ここでよくある議論が「クラフトビールをまず知ってもらうのが大事」という話です。正論だと感じる一方で、ちょっと粗いと私は思います。これは事業者側の考えるクラフトビールと消費者側のそれが同じであるという前提で話をしているのですが、実際には違うのではないかと思うからです。

固有名詞と抽象名詞

私が主催するクラフトビール文献読書会でビール祭りの効用について議論したことがあります。ちょっと長いですが、会報誌から当該部分を引用します。

 課題図書で都市型のフードツーリズムとしてのクラフトビールという位置づけをしていましたが、そこには「ハレ」のニュアンスを感じます。参加したビール祭りで飲んでる人たちを眺めた時、ハレの日を楽しんでいる感じだったかを伺ったところ、ビール祭りでだけ飲んで、いつもは飲んでいなそうだという意見が出ました。屋外という開放感、家で飲めないドラフト(樽生)も日常に無いもの、つまりハレにとって大事な要素で、そこに魅力を感じるだろうというのです。
ハレを検討するに当たってもう少し噛み砕いくと、「せっかくだから…」と言って飲んでいるかどうかが大きな問題になります。なぜならば、いつも飲んでいるものであれば「せっかく」などと言うニュアンスが伴わないからです。「そういう場に来たんだから」、「そういうハレの場だから」必要になるものとしてクラフトビールが消費されている可能性は否定できません。たとえば、「結婚式だからシャンパーニュにしよう」は「ビール祭りだからクラフトビールを飲もう」と同じことで、裏返して言うと普段飲まないことの証拠でもあります。
ここではツーリズムの文脈で話していますが、日常から切り離されたニュアンスであり、ビール祭りは完全にハレの存在です。そして、その切り離された距離は遠い。物理的距離の近い場所で開催していても精神的にはとても遠いとも言えます。
さて、もう一歩進めてみます。「結婚式だからシャンパーニュを飲もう」と言うけれども「結婚式だからルイ・ロデレールを飲もう」と言うでしょうか。ビールにも同様のことが言え、「ビール祭りだからクラフトビールを飲もう」と言うけれど、「ビール祭りだからXXXXのIPAを飲もう」と言うかどうか。これは非常に重要な論点です。消費者は「抽象名詞のクラフトビール」が飲みたいけれども、事業者は「固有名詞のクラフトビール」を飲んでファンになって欲しいと願っていて、そこに大きなギャップが生じているからです。ビール祭りのエクスペリエンスは抽象名詞を固有名詞にするべく何をすれば良いのでしょうか。より具体的に言えば「XXXXのIPAが美味しかったので買ってまた飲みたいと思うようにする」にはどうアプローチすべきかという話になります。

私がここで論じているのは、事業者が自社製品をクラフトビール全体の代表性を持つものとして消費してもらいたいと考える、つまり「固有名詞」から始まるクラフトビールを指向している対し、消費者、特に既存顧客ではないあまり経験のない方々は「まずはクラフトビール全体をざっと眺めたい」という全体の把握、つまり「抽象名詞」から始まるクラフトビールを指向していて、両者の希望がうまく噛み合っていないのではないか、というものです。

冒頭でビール祭りがハレの日消費を代表しているのではないかと言いましたが、それはビアパブよりも圧倒的に多品種が提供されるということが「クラフトビール全体」、「抽象名詞としてのクラフトビール」を表すと感じられるからではないかと私は考えています。こうした状況で新規顧客としての潜在的ファンに対して何をどう語れば良いのだろうか。難しい問題です。

これに向き合うにはそもそもクラフトビールとは何かを考えなくてはならないわけで、その立場から自明であるところを一旦脇に置いて、見える風景の違いを知るところから始まるのかな、と今のところ思っています。