Kakegawa Farm Brewingと醸造家・西中明日翔

少し前のことです。東京から新幹線で2時間ほど、静岡県掛川に出来たブルワリーに伺いました。駅前の通りをまっすぐ進み、5ブロックほど行った先を右に曲がるとKakegawa Farm Brewingはあります。ロゴが無ければ通り過ぎてしまうくらい、街に馴染んだ小さな醸造所。

私は濃いのもの酸っぱいのも含めてベルギーのビールを愛してやまないのですが、掛川にはこれからもちょこちょこ通うつもりです。掛川には何だか本物のベルギーの匂いがするのです。西中 明日翔(にしなかあすか)という醸造家がいるからなのでしょう。まぁ、私が勝手に好きなだけなのだけれど(笑)何はともあれそのビールの品質には目を見張るものがあります。一人でも多くのビールファンに彼とKakegawa Farm Brewingのことを知って頂きたい。そう思い、今回彼が私に語ってくれたことをご紹介したいと思います。

西中氏は奈良県出身。母親がベルギー人ということで幼いころからベルギーにはよく行っており、高校からベルギー在住に。現地では16歳から飲酒可能で早くからベルギービールの魅力にはまりました。その後日本に帰りベルギービールに携わる仕事をしたいと考え、東京のブラッセルズに入社。2年間ブラッセルズの原宿店、神谷町店、カフェヒューガルデンで勤務。ただ、日本にいてもベルギービールについて学べることには限界があると感じて退社し、再びベルギーへ。ゲントの専門学校にて醸造学を修め、卒業後3年間はベルギー国内の小規模醸造所を幾つも転々と渡り歩き、現場の技術を学びながら経験を積みました。

ここからブルワリー立ち上げまでの人との縁がまた興味深いのです。

ビアバー勤務時代の同僚・高宮氏が掛川のビアバー”Bucket Here”の店長となり、そのお店のオーナーを紹介してもらったのが日本で醸造するようになったきっかけです。オーナーである杉浦氏は掛川駅周辺で「Bucket Here」「ファニーファーム」「SAL」の3店舗を経営していらっしゃいます。地場のものを使った料理がお店の基本コンセプトですが、飲み物も地場のものを使用していきたいと思い続けていたそうです。ビール好きということ、ビアバーも経営していること、そして静岡でクラフトビール人気は高いものの県西部ではまだまだだということなどから掛川初のクラフトビール醸造所を造ろうと決意。そんな経緯で話が舞い込んできたのでした。

ただ、その当時ベルギーで仕事をしていたし、まだ出来てもいない醸造所にたった一人で働くというのは心配で2017年夏の段階では誘いを断っていました。しかし、オーナーの熱意と自身で造ったビールをうまいと言ってくれたこともあって帰国を決意。AOI Brewingなどで研修を行い、醸造所オープンに向けて準備開始。2018年1月に醸造免許を取得し、2018年4月に帰国して醸造長に着任。Kakegawa Farm Brewingで醸造を始めました。

「好きにビールを造っていい」

そうオーナーは言ってくれたそうです。だからこそ、全力投球で自身のルーツでもあり、そして愛してやまないベルジャンスタイルの美味しいビールを造っていきたい。また、Kakegawa Farm Brewingが日本で一番おいしいベルジャンスタイルのビールを造る醸造所として多くの方に思って頂けたら、と。もちろん世界には実に多くのビアスタイルが誕生していますから、その流れも取り入れつつベルギーで培った技術と、コンセプトにある地場のもの、それらすべてをまとめたビールも作っていきたいとも語ってくれました。

実際、彼の作品には個性的でありながら高い技術で醸された質の高いベルジャンスタイルビールがたくさんあります。その中でも一番驚いたのが”TENRYU SUGI” トリプル。公式説明はこんな感じです。

“TENRYU SUGI” トリプル ABV8.5%
浜松市の樹齢100年の天竜杉を使い香りづけしたトリプルビールになります。杉の香りがしっかりとするビールです。ほのかに甘みのある飲み口の後、鼻に抜ける心地よい杉の香りがあり、後味に軽く苦味があります。心地の良いリラックス効果のある香りでゆっくり落ち着いて飲みたい、そんな一杯になっています。

修道院タイプのトリプルをベースに、天竜杉由来のすうっとした木の香りが漂います。たくさんの要素が喧嘩せずに混じり合い、今まで経験したことのない味の世界がそこにありました。ベルギービールに対して深い理解があり、イマジネーションがあるから日本人だからこそ醸すことが出来た作品だと感じました。また作ってくれることを心から願います。

クラフトビールが人気を博しておりますが、メインは間違いなくアメリカンスタイルで、特にホッピーなものが評価されています。しかし、実は今アメリカのビアギークもブルワーもこぞってベルギービールを飲んでいるのです。ホップではなく、モルト・イーストによる複雑さや熟成という概念、酸の旨味などこれからビールの進むべき道が幾つも示されているからなのだと考えています。その意味でKakegawa Farm Brewingと醸造家・西中 明日翔は現代の日本において貴重な存在です。クラフトビールの多様性を体現してくれるだろうと応援しています。

掛川に行くことがあれば是非”Bucket Here”にお立ち寄りください。そして、Kakegawa Farm Brewingのビールを試してください。ビールを解釈するということがどういうことなのか、その液体が教えてくれるはずです。