駅と家の間に
モノを手放したら不安が消えた——家電製品もガス台もなくなったら快適で幸せな日々が待っていたという素敵な文章をたまたま拝見しました。「アフロ記者」として稲垣さんはメディアにも多数出ていらっしゃっるのでご存じの方も多いでしょう。彼女がとても素晴らしい指摘をしていたので引用しご紹介したいと思います。
半径1キロの自分経済圏があれば不安はなくなる
BI:稲垣さんの生活は、単に節約をして生活を切り詰めていくのとは違うんですね。
稲垣:よく単にお金を使わない人と勘違いされるんですが、そうではなくて、っていうか確かに自分のためにはお金は使わないけれど、でもその分、自分を助けてくれる人、自分にとって大切な人たちのためにはお金を使いたいと思っているんです。例えば1円でも安く買うとか送料無料とか、自分は確かに得するんだけど、その裏で絶対に誰か損しているわけですよね。そういう「自分だけが得すればいい」みたいな行動をとっていると、いつのまにか自分の周りは敵だらけになってしまう。それって地獄です。豊かさを求めたはずが、気がつけば反対の結果になってしまう。
でも、いろいろなものを自分で抱え込まずに人に与えていくと、周りも得するから私を大事にしてくれるし、友達も増えるし。みんなが良くなれば、結局自分も良くなるんですよね。例えば、近所に老夫婦で営んでいる古い酒屋さんがあるんですが、私はちょっと高くてもできるだけそこで買うようにしているんです。あのお店がなくなったら困る人がたくさんいるんじゃないかと思って。そこには近所のお年寄りがよく来るんですが、足元のおぼつかない人や話し相手が欲しくて来ている人もたくさんいて、でもご夫婦は一生懸命話し相手になって、配達してあげようかって言ったり、みんなにすごく親切なんですよ。すごいなーと思って。で、そういうお店がある地域で暮らしているっていうことが本当に贅沢だし、私にとっても安心なんですよね。だから、そこにお金を使いたい。
自分が応援したい人やお店や品物にお金を回していくことで、自分の半径1キロの世界を変えていきたいと思っているんです。私はこれまでの人生で今一番ちっちゃい家に住んでいるんだけど、一番大きな暮らしをしている感覚があります。この街全体が私の家だと思っているんです。
ベランダには何種類かの野菜が干されていた。
BI:近所のお店が冷蔵庫になったり、ブックカフェが書棚になったり、家の中のものを捨てて、外に持つようになったんですね。
稲垣:近所に稲垣経済圏を作っている感じです。ひとりTPP(笑)。みんな家の中だけですべてを完結させようとするけど、そうすると外に出なくなって、どんどん周りとの溝が広がっていっちゃう。周りとの溝があると、老後が不安だからお金を貯めなきゃとかどんどん自分の利益だけを考える方向に動いていく。で、さらに溝が広がっていく。これだと未来がありません。本当はそんなふうに不安を感じてる暇があったら、もっとできることがたくさんあると思うんですね。
ここで指摘されていることは生活全般についてではあるけれど、ビール屋さんとしてCRAFT DRINKSの考える究極も実はこれに近い。
instagramにも何度か上げていますが、業務用の大きな冷蔵庫を1台ビールの保管の為だけに使用しています。それは「寝かせていても持つから」という大義名分の下、細かいことを気にせず買える理由を作っただけの話なのですが・・・とはいえ、「今買わないとなくなってしまう」とか「近場では手に入らないから買っておかなきゃ」というような、一種の強迫観念にも近い感覚で買い集めていたような気もしてならないのです。
もし、です。
普段使っている地元の駅と自宅の間に最高のパブと酒屋さんがあったとしたら、と考えてみてください。そもそも業務用の冷蔵庫を自宅に設置してせっせとお酒を買い集めるような必要がないのです。必要な時にそこへ行けば良いのですから。自宅の外にある倉庫、彼女の言葉を借りれば「外に持つ」ことが出来るわけです。
外に持つことで必然的に他人と付き合わねばならないですが、気心知れた仲になればこんなに心地よい空間も無い。好みも知ってくれているし、新入荷があればこちらから尋ねるまでもなくオススメしてくれるでしょう。せっかく買ったり飲んだりするならそういうところが良い。そもそもビールというものは単なる飲み物ではなく、人と人とを繋ぐ存在でもあるわけで、パブや酒屋さんともビールを通じて良い関係でいたいと願うのです。そして、そういう場所に常連さんがたくさんいれば何かしらのグループができていきます。一緒に旅行したり、お花見に行ったりもするでしょう。こういう職場ではない空間、繋がりというものはお金では買えない意義深いものだと最近しみじみ思います。
立場を替えて考えてみましょう。パブや酒屋さんは心地よい空間や時間をビールを通じて構築しなくてはなりません。お酒のプロフェッショナルなのですから、常連さんに甘えずビールの品質と空間の心地よさの両方を担保してこそ、なのだと思います。パブや酒屋さんというものはただお酒を販売するところなのではなくて、安心して毎日通える場所を維持し仕切る係なのかもしれません。そこにたまたま抜群に美味しいビールがいつもあるだけ、という感じに近いのかも。
ここまで物流の良い日本にいながら言うのも変な話ですが、たとえば駅と自宅の間にブルーパブがあって、その場で作るNEW ENGLAND STYLE IPAやサワーエールが死ぬほど美味しかったら遥々アメリカやベルギーなどから輸入しなくても良いのです。その方が経時変化も圧倒的に少ないはずなのだから。「地元のあの酒屋さんが僕の最高の倉庫」という意味で「家飲み最強」と言いたい。そうなった時、あの冷蔵庫は邪魔だから捨ててしまおうと思う。