All Togetherを飲んでプロの仕事について考えた
漫画はほとんど読まなくなったし、全く描きもしないのだけれども、たまたまyoutubeのおすすめに出てきたこの動画の一群を見て唸ってしまった。
Pegasus Hydeのイラスト添削
元々週間少年マンガ雑誌に連載をしていて、現在は絵の講師などをなさっている方が一般の方の絵を添削しているシリーズです。プロの指摘はどれも的確で唸るしかないのです。あぁ、お金が取れるレベルってやっぱり素人目にも全く別物だなぁ、と感心してしまう。言われてみれば確かに胴が長い。そうかそうか、なるほどね。「なんだかこう、しっくりこないんだよね」を言語化する力ってやはりプロの条件なのだなぁ。
描いて描いて描きまくってきた中でPegasus Hyde先生も幾多の失敗をしてきたのでしょう。たくさんのダメ出し、フィードバックを受けながら上手に描けるようになり、その先の世界を経験なさったからこそ「編集部ならここはこう指摘するだろうなぁ」とか「原稿料もらって描くならここまでやらないと」というポイントがひと目で分かってしまうのだろう。
趣味で絵を描く人はたくさんいて、ヘタっぴな落書きから超絶技巧を尽くしたスーパープロまでその幅は広い。描き手もまた読者であるから「描いて売って買って読む」というサイクルが津々浦々で常に行われますが、その結果としてシーンの参加者が多いことが文化としての厚みを生むのだと思います。そして、様々な作風が母数の多さを根拠に許容されて漫画のジャンルは細分化して発散していく。確立されたジャンルの多さではなくて、様々な作風が許容されるコミュニティ意識が多様性を育むことに寄与するのではないだろうか。
別の動画でPegasus Hyde先生は指摘しているけれども、その巧拙は一旦置いておいて、作られた作品には作者の想いが詰まっていてそこは尊重されます。けれども、対価の発生する商品としての作品はちょっとだけ事情が異なると仰います。作者の描きたい世界だけではなく、鑑賞者の期待や編集部の思惑も当然交錯するし、原稿料と引き換えに大きな責任が発生しているのです。その覚悟みたいなところにプロの矜持があるような気がしてなりません。
ところで、少し前に仲間と一緒にAll TogetherのIPAを8種類も並べて飲んでみました。
All Togetherのことを少し説明しておくと、アメリカのニューヨーク州にあるOther Half Brewing(アザーハーフブルーイング)が発案した取り組みです。コロナ禍によって大きなダメージを受けた産業に対して貢献するためレシピやアートワークを無償公開して可能な限り低いコストでビールを作るためのツールを提供しています。All Togetherは、私たちが大好きな業界へのサポートを高めるために作成された、世界的なオープンエンドのコラボレーションというわけです。詳細は以下の公式ウェブサイトをご覧ください。
IPAのレシピが2種類公開されていて、それらを醸造・販売してコミュニティをサポートしましょうという流れです。指定された原料はあるものの余白が多くて自由度の高いレシピになっています。そのため、作り手ごとに意図や志向の差が見えて非常に面白いです。「収益の一部は地域のホスピタリティ事業者の支援に寄付してください。残りは、この嵐を乗り切るためにあなた自身のビジネスを保つことに使ってください。」とも明記してあります。コミュニティあってのクラフトビールであり、相互扶助の精神がそこに強くあります。
さて、この取組みに参加した日本のブルワリー各社のAll Together IPAを飲んだ感想ですが、松本ブルワリーと京都醸造のものは美味しかったです。ちゃんとブルワリーそれぞれの狙ったところが見えてきて良かったと思います。一方、他のものは正直に申し上げてダメでした。とにかくマズい。酸化もしているし、ダイアセチルやアセトアルデヒドが強い上に酸化しまくっていました。とてもじゃありませんが飲めたものではありませんでしたからじゃんじゃん排水口に捨てました。結局、コロナ前からスタンダードなビールが美味しくてちゃんと瓶詰めもしているところのものがやはり美味しかったという結論になってしまうのです。
問題は元々のお酒がちゃんと醸造出来ていなくてダメだということに加えて、「瓶で販売するということを何も想定しないまま詰めて販売したであろう」ということです。対価の発生する形で販売したビールなのに、冷蔵保管してあった賞味期限内でこの状態で良いのでしょうか。流通在庫時間が長いことやヘッドスペースの問題、容器のサニタイズなど、ケグとは違ったケアを考えないといけません。コロナ禍で大きな影響を受けたブルワリーの応援という気持ちで購入した方も少なくないと思いますが、最低限のレベルは担保して頂きたいと強く思います。このザマでは消費者はがっかりしてしまうことでしょう。
敢えて「クラフト」とは言いませんが、今回ビールにおけるプロの仕事とは何なのか?と今一度考えてみるきっかけになったことは良かったと思います。ホームブルーが違法である日本において習作を重ねるというのがそもそも難しいということは理解しています。ブームだから少々ダメでも許容されているのかもしれない。All Togetherに関してはコロナ禍で苦労しているブルワリーやホスピタリティ産業の応援の気持ちも大いにあるでしょう。けれども、今は海外から一流のビールが飲みきれないほど輸入されているわけです。商品として流通させるに値するクオリティというものがあるようにも思うし、対価に見合ったものでなければやはり早晩見限られてしまうことでしょう。低品質なビールで応援の気持ちを踏みにじるようでは困ってしまいます。ストーリーはあくまでも補助的なものであって、プロダクト自体が真っ当である場合に初めて機能するのだと私は思うのです。
アメリカのRevision Berwing(リビジョンブルーイング)のAll Togetherは本当に美味しかったです。心から願うのはこういう喜んで代金を支払える、プロの醸した美味しいビールが欲しいということ。ただそれだけなのです。