【雑記】タピオカミルクティー初体験が失敗だった話

Oct 8, 2019

試しもせずに褒めたりけなしたりするのはいけないと思っているので、お酒に限らず気になるものはなるべく試すようにしています。ですが、どうにもチャレンジ出来なかったのが「タピオカミルクティー」。紛うことなきおっさんとなり、それを確実に自覚するようになった今、キラキラした女の子たちの列に小一時間並ぶのは憚られたわけなのです。いやぁ、正直厳しい。拷問に近い。

うわぁ、ひょろいおじさんが独りで並んでるよ、えー、まじかよー。きもーい

とか思われたら最悪じゃないですか。誰かのinstagramに上げられたりでもしたらどうしよう。そんな妄想が渦巻いていたので、タピオカミルクティーとは縁がなかったんだなぁと思うことにしていたのです。

ところが、先日お休みの日に奥さんと出掛けた際、彼女が「一回ぐらいタピオカミルクティー飲んでみたい」と言うのです。千載一遇のチャンス!「うんうん、そうだね、一回ぐらいはね。僕はそうでもないけれど、君がそう言うなら仕方ないよね。じゃ、飲んでみようか」と心の中でガッツポーズをしながら冷静を装って答えたのでした。

とある商業施設内にあるタピオカミルクティー屋には1人しかならんでいなかったけれど、なんだか気恥ずかしいので奥さんに買ってきてもらいました。なんだか暇そうにしている店員さんたちを横目に、ニュースで聞いた通りそろそろブームも下火なのかなぁと思いながら奥さんに買ってきてもらったタピオカミルクティーの太いストローをくわえてチューチューするわけなのです。

黒糖を使ったタピオカはむにゅむにゅしていて不思議な食感。そこそこ甘い。ミルクティーは、まぁ、普通。感動するほど旨くもないが、全然マズくもない。中くらいのサイズのものを買ってみたけれど、450kcal超えでタピオカによる満腹感が予想を遥かに超えた。個人的な好みを言えばタピオカは入っていなくてもいいかな。それではタピオカミルクティーじゃなくて、ただのミルクティーだけど。

そうそう、一番気に入らなかったのは最後にミルクティーが無くなってタピオカだけになった時。缶のつぶつぶコーンスープのように絶対に微妙な数が残る。ミルクティーと一緒に入ってこないタピオカによる口に残るべとっとした感触。あれは気持ち悪い。ああなってしまったら諦めるべきなのだろうか。捨てるのも忍びないけれど、タピオカ単品は心地良くないしなぁ。商品設計上ツメの甘い矛盾した飲み物だと断言したくなる。

ふと思うのです。

なぜこれがここまで流行しているのか?

カロリー高いし、最後は気持ち悪いし。やっぱり見た目か?映えるからか?うーん、どうなんだろう。そもそも死ぬほど美味しい、感動クオリティのタピオカミルクティーってあるのだろうか。

通りすがりの山岡士郎とたまたまぶつかってタピオカミルクティーをこぼしてしまい、彼が濡れた手を拭きながら

こんなものはタピオカミルクティーじゃない。偽物だ。明日、もう一度来て下さい、本当のタピオカミルクティーを飲ませてあげますよ

みたいなことを呟く展開になってくれないかなぁ・・・と帰り際、奥さんと歩きながら思ったのでした。奥さんも「うん、腹持ちが良い」とだけ言っていたのでこれが最初で最後になりそうな気がします。

馬鹿な話はとりあえず置いておいて、結局のところ私のタピオカミルクティー初体験はモヤモヤしたものになってしまいました。決して成功とは言えず、もう一回飲もうとかハマってしまったのでタピオカミルクティー屋さん巡りをしようなどというモチベーションには一切ならなかったのです。

思い返してみれば、お店の人もとりあえずオーダーしたものを作って渡してくれただけで、台湾文化や歴史、現地での消費スタイルなどを教えてくれたわけでもないし、それを伝えようという雰囲気もなかった。極めて機械的に商取引が行われただけだったのです。まぁ、チェーン店オペレーションとして間違ってはいないけれども、タピオカミルクティーをブームから定番へと昇華させよう、文化にしようという気概は感じられなかったわけなのです。

ブームは大事だ。あまたある嗜好品の中で選ばれるためにも注目されることはとにもかくにも重要です。それは間違いないと断言出来る。しかし、問題はそこから先です。そのブームに乗じて短期間で売り抜けてやろうというする人が出てくるのも当然で、そういう商売が跋扈するようでは早晩ブームは終わることでしょう。商売上は正しいが、文化的には正しくないのかもしれない。なんだかそんな気がしてならないのです。

文化にするのであればやり方は別にあるようにも思うのです。昔からコツコツとその価値や文化的意味、位置づけを語ってきたタピオカミルクティー屋さんもきっとあるだろう。私の知らないどこかの誰かがずっと前からタピオカミルクティーの魅力を発信していたのだと思う。彼らのたゆまぬ努力によって生まれた土壌に今花咲いているわけだけれども、それを一度限りの焼畑農業で潰してしまうのは勿体ない。

・・・などと思っていたら、調べてみると1983年にタピオカミルクティーは生まれたらしい。1983年に台湾台中市の喫茶店春水堂のオーナーである劉漢介が「清涼飲料水に対抗できるような中国茶」として誕生させたという主張、二つ目が台南市の喫茶店翰林茶館のオーナー涂宗和が由来であるという説の2つがあるようだ。歴史としては36年くらい。歴史はそれほど長くないのかもしれないけれど、台湾で急速に受け入れられ普及した理由などを知りたいものだ。タピオカミルクティー自体とその成り立ちや飲み方なんかをセットにして楽しみたいなぁと思ったりするのでした。

流行は大事。売れるきっかけ、知られるきっかけになるけれども、一時のブームで終わらせずにそれを定番化する方向へと動いて行った方が良いのではないだろうか。それを目指す他のものもたくさんあって激しい競争の中で淘汰されるかもしれないけれども、本物ならばきっと何らかの形で残るだろうと思っている。それはクラフトビールも同じだろう。

初めてクラフトビールを口にした方に感動体験をして頂き、「あぁ、クラフトビールって良いね。また飲もう」と思って頂けるようにするにはどうしたら良いのだろう。商品としてビールをアピールするだけでなく、それを取り巻くカルチャーも一緒にお届けしないと体験の強度が高まらないのではないかと最近思っています。そして、意思決定を誰かに任せるのではなく、主体的に選ぶ理由が自分の内側に生まれてこなければダメなのだろう。

そんなことをぼんやり考えていたら、工事中のお店を見つけた。次はタイティーなのだろうか。ブームから文化へ昇華させるにはどうしたら良いのだろう。分からなくなってきた。

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